食べログ騒動の影響かカカクコムやらIT企業の株が下がったりしているみたいですね。株なので情報の信頼感自体が低下したというよりは、情報の信頼界が低下することによって売り上げに影響があるのではないかと市場が懸念したというだけだと思いますが、どちらにせよ影響はあるとふんでいる人は多いということだと思います。
僕や、まわりの人間からは、むしろ今迄でありそんなに信じていたのか。という感想が多いです。ウソが混じる可能性のあるというデメリット、匿名でしか出てこない情報があるというメリットを比較した場合現状では後者が勝ると僕は考えるし、そこから真実だけを掬い取るということ自体を諦めてリスク込みの選択をしていくのは普通のことでです。
ざっくり言うとそこに期待しすぎない、というだけですが。
とにかく、多かれ少なかれ、世間の、「情報を信じられない」という気分はどんどん高まっているし、これからもっと高まって行くでしょう。おそらくマスコミはまわりまわって自分の首をしめていくにも関わらず、騒ぎに乗じて事例を次々と見つけてきて騒ぐでしょう。
信頼感が低下するとどうなるか。自分にごく近い、一部の人しか信じられなくなる。信じられないということはコストが上がるということです。どういうことかというと、まあ生活のあらゆる部分で暗黙の信頼をもとに行っている行為の、信頼を得る、または相手を信頼するのがひと手間増える気がします。
小さなことですが、自転車の鍵はより盗まれる率が低い地域のほうが簡易なものでいいという気持ちになるでしょう。家のドアや防犯設備も、日本と、内戦状態にある地域では違うでしょう。自分が相手に信頼してもらう場合にも、免許証だけで済んでいたところが他にも書類を求められたり、煩雑な手続きが増えたり、お金を貸してもらえなくなったり、と色々想像できます。
信頼感とコストで言うと国債なんかがまさに、経済状態が信頼できない国の国債は金利が高めでないと売れず、調達コストがあがる。
つまり、信頼感が低下するということは社会全体の金銭的・時間的コストが増大することイコールであると僕は思います。
逆に言うと、日本の閉じた国民性、排外的な気質によって保たれてきたその中での信頼感というのは、色々なコストをカットできていたのかもしれないなと。
ただでさえ、結婚数を増やし、出生率を上げ、創造的活動をして、お金を使って、お金を借りて、ビジネスをして、社会をもっと元気にしていかないと日本はまずいよ?という時期にですよ。この信頼感の低下、澱のようにたまっていくものは、人の動き、心、を重くします。なんかやだな。まあそれだけなんですけど。なんかいやです。
歴史上の皇帝とかのエピソードでよく出てきますけど、疑心暗記になってどんどん人を遠ざけて最終的には側近すら信じられなくなる。まあそこまではいかないでしょうけど、自分がよく知っている(と思っている)人からの情報しか受入れなく、少なくともそれ以外の情報に対するハードルがますます高くなってしまうかもしれません。そうすると広告ってますます大変・・・。広告業界にいる人間としては由々しき問題です。
あまりまとまりませんが、、、それは本当に自分の中で答えが出ていないからです。
信頼感・・・最近それについてよく考えていることは確かなようです。









