2019.03.18 Note

結論としては期待と予想に反して「めっちゃ好き」です。あとエンドゲーム観る人は、絶対の絶対に見たほうがいいです。

具体的には以下。あんまりネタバレはしてないつもりです。

可愛い猫が登場します。しかもそいつが主役達と絡むので登場頻度高く出てきます。猫好きにおすすめです。

どうしても昨今の風潮だとヒーロー映画とは言ってもアホな映画は作りづらいように思います。重厚であったり社会的であったりするテーマを背負いがち。それゆえに作品の雰囲気もややよく言えば大人、悪く言えばちょっと暗いトーンになりがちだったりもするように感じます。が、この作品はもちろん裏側にちゃんと社会的メッセージもありつつ、全体のトーンはすごい爽快感のある映画になってます。ネタバレでなく言うともうエンドゲームに繋がる展開上みんなわかってることなんですがキャプテンマーベルはめっちゃ強いです。なのであっけらかんとした爽快感に満ちた映画です。マーベルはうまくバランス取ってきたな!って感じました。個人的にコードギアスで紅蓮聖天八極式が登場したシーンとか、ガンダムWでウィングガンダムゼロのツインバスターライフルでモブMSが一発でいっぱい蒸発するところとか、エウレカでニルヴァーシュが覚醒して駆逐しまくるところとか、そう言うアホみたいに強くてスカっとするシーンが結構好きです。なのでこれもめちゃくちゃ好みです。最高です。ヒーロー映画に求めてたのはこう言うのだったなぁ、と思い出させられた感じでした。

強すぎるけどドラマがちゃんとあるって言うのは、敵の方にもちゃんとドラマがあるからなのかも。ワンパンマンですかね。確かにヴィラン側にドラマ性が強かったかもしれないです。

あと、当然ピンチになるシーンもあるんですが、「やられても失敗しても立ち上がるのが人間だ!」っていう、エンドゲームに繋がるメッセージもあった気がします。

総じて、正直観る前は不安な気持ちが強くて、と言うのもめちゃくちゃ強い設定だけど作品成り立つのか?って思ってたんですが。見てみたら、あれ?これ最高じゃないですか?なんならアベンジャーすで一番好きなキャラかも?(今まではガーディアンズのロケットが好きだったんですが)って言うくらいです。スカっと感、テーマ性、伏線、と諸々上手くまとめた監督とマーベルの手腕に万歳!して、安心してエンドゲームに臨めそうです。

エンドゲーム観る人は、絶対の絶対に見たほうがいいと思います。

画像は公式サイトのOG画像から引用。
キャプテン・マーベル|映画|マーベル公式|Marvel https://marvel.disney.co.jp/movie/captain-marvel.html

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2019.03.15 Note

YCAMでやってたバイオのワークショップに言ってきました。DIYバイオ。自分で遺伝子解析してみよう、という話です。僕の中では従来は大規模な施設が必要というイメージでしたし、サイエンスの方とコラボしたらやれるんだろうなと言うイメージはあるものの、では自分でできるのか?と言うと、そういうイメージは全くなく。そこにきてこのイベント。パーソナルバイオテクのロジーというキーワードはなかなかに刺激的でした。

パーソナル・バイオテクノロジー|山口情報芸術センター[YCAM]

とても楽しかったのですが、3日間の内容は濃密すぎて解説してたらキリがないので写真で雰囲気を紹介します。


つださん。


解析してみる題材を各々選びました。イメージがわかなくて面白そうなのでサラダにしてみました。


ドライアイスで冷やしながらすりつぶしました。


ピペット。楽しいです。比較的手先は器用な方で、細かい作業は好きです。


冷やしました。


手順を追ってできるようになってるYCAM自作のサンプル置き。


Bento Labって言うすごいやつです。


分量を見てる気がします。札幌から来られてる方とかスーパー高校生とかいてバラエティ豊かです。


僕らのチームはあんまり結果が良くなかったです。魔法の杖じゃないと言うことがわかってよかったです。


こいつがすごいやつ。第三世代のゲノム配列読み取り機だそうです。機械部分と特殊なタンパク質(?)の合わさって動作するデバイスだそうで、そのSFアイテム感にテンションが上がりました。


ウェブのインターフェースで見れるのは今っぽい感じです。


コンタクトゴンゾのエクササイズを毎朝やりました。

これほんとよくて、シンプルなルールのみで複数人が交わることで生物としての群行動的アウトプットにつながっていて、彼らは人間にコードを書き込んでNature of Codeをやってるんだと思いました。真上からカメラで撮影してヒトという群の原始的行動を見たいと思いました。こういうシンプルで拡張性があり美しいルールで構成されるなにかを自分でも作りたいな。


バイオっぽい作業が終わった翌日はデジタルな作業で普段ぽい感じでした。解析されたデータは文字列なので、説明でアスキーコードが出てきたり、Homebrewで解析用のパッケージ入れてTerminal叩いたり、と比較的ホームを感じました。


ゲノム解析済みの食品しか使わないお昼ご飯のお茶。ゲノム弁当。


解析ももちろん面白かったんだけど、このディスカッションが一番僕がエキサイティングだったし、もっとやりたかったです。

研究者やアーティストの方々は皆知的であり知識も豊富ではあるが、思ったよりも自分は自分の専門やそれ以外で得てきた知識、ディスカッションする力で近いスピード感や密度で話せたように思いました。またこう言う濃い場が欲しい。が、京都にはない。作りたいなぁ、と思いましたが。どうかな〜。


なんか最後の発表。


お疲れ様でした。


ベントウラボに寄せ書き。高いのに!こう言うノリが素敵。

写真が一枚もないのですがトークのなかで一番僕にとっては刺さったのが今年のメディア芸術祭でも受賞されている研究者でもありアーティストでもある岩崎さんの講演。実験は専門家以外も皆がやった方がいい、それによりもっと建設的な議論ができる、と言う話をされていて、それはあらゆる技術においてもそういうものだと感じているので、そうだそうだ!と言う感じ。一方でDIYやオープンサイエンスと責任の所在の話もあってバランスが良い。後生物って全然DNAだけじゃないよね。デジタルに扱えるのが今の所そこだけだから注目されがちだけどって言う話とか。

僕は体内微生物で体は全然変わるとか、人と人が直接的接触をすることで微生物の交換が行われて人が物理的に変わっていく、みたいなのをロマンチックだなと思っている僕としては、遺伝子だけじゃない話は好きです。

あと、自由と責任の話ですが。DIYでできる範囲がどんどん広がっていってどこで線引きをする?と言う問題は3Dプリントの頃はまだ問題が小さいと思っていました。できることといえばせいぜい人間を数人殺すくらいしかできない。もちろんあってはならないことですが、あくまで影響範囲でいうと、地域全体が大変なことになるとか、その後数世紀に渡ってある地域がやばいとか、そういうものではない。あくまで極めて限定的な範囲です。

一方でバイオのDIYはその遺伝子改変がもしかしたらある種や生態系全体を壊してしまう可能性があるものだと思います。家で行なった遺伝子改変した生物が逃げ出したりとか。もう一つ僕がなんとなく興味を持っているテーマである地球工学なんかも、DIY地球工学が長い年月にわたってある地域全体に悪影響を及ぼすような可能性はあると思っています。そういう意味でディスカッションしていくと結局のところ「自由とは何か?」という議論に足を踏み入れたのは面白いところ。結局は哲学的議論を皆でする必要があるのだと感じます。抽象と具象をいったりきたり。

後、遺伝子とか生物とかの話になると、人間としては子供を作るとかの話にも踏み込むので愛と死の話になったり、人間の取る行動なんて所詮種の保存と繁栄の為に並列で試行するためのプログラミングされた行動でしかないんですよ、好きに生きることでその試行が行われて最適化されて行くんですよ、みたいな話になったり。

最終日には、チームでアイディエーション→資料作ってプレゼン。僕らのチームは《食べる動物園》《微生物ウォーズ ゲノムバトラー》の2つのアイデアで、それぞれ境界を探る問いを重視したエッジなものと、社会実装や認知・普及を目指した超ポップに落とし込んだ案の二つを出しました。どのチームも素晴らしかったけど、パンチでは負けてなかったはずなような気も。

本当に、アーティストや研究者やエンジニアやスーパー高校生やら、本当にすごいじゃんと言う人ばっかりで、望むらくはもっとみなさんとディスカッションしたかったと言うところで、非常に非常に刺激やインスピレーションになる夢のような3日間でした。知るということは本当に楽しい。

まあワークショップというのはそれ自体がどれだけ良いものであったとしても、いや良いものであるほど、何かした気持ちになって何かを持ち帰った気持ちになって、しかし実際には持ち帰ったのは高揚感だけで時間が経つにつれて何もなかったことになるというのが世の常なのでそうならないようにしないと、と思うものです。

ちなみに、最初にも述べたとおり遠い遠い世界だった遺伝子解析のようなことが、もしかしてその分野の専門家のしての経歴がなくても、簡単なレベルなら自分でもできる時代になりつつあるのかも?なっていくのかも?と言うことを初めて感じたのは2017に東京であったイベントTRANS BOOKSです。

TRANS BOOKS | 2017年11月4日(土)、5日(日) 11:00 – 18:30 @ TAM コワーキング 神保町

そこにあった、飯塚未央さんという方の作品《The male or female》を見まして。このプロジェクトはコンビニのフライドチキンのDNA解析をしてみるって言う身近な題材からギュンと入ってくる問いかけを持った作品で、興味深いな〜と思いってました。

iimio.com : Mio I-zawa’s WEB :: 飯沢未央 » The male or female [book set]

で、今回のキャンプの最初に自己紹介の時間が全員にありまして。まあしていったわけですが。そのような経緯のことを言おうと思っていたんですが、ご本人の飯塚さんも参加されててびっくりしたりとかもあります。びっくりして一瞬喋る内容が飛びましたがなんとか。

何れにしてもとても濃密で最高に楽しい三日間だったので記事化しないといけない人は本当に大変だろうなと思う次第です。

2019.03.13 Note

先週のしいたけ占いで「絶望的にくだらない映画を観る」ように言われました。絶望的にくだらない映画ってなんだっけ。何があったか。もちろん個人によって価値観や面白いポイントは違うので誰にとってくだらないのかという問題はあるんだけどただくだらないのではなく絶望的にくだらないというからにはおそらく価値観や趣味嗜好の異なる幾人もの多くの人々にとってくだらない映画がそうであるということは一つの構成要件ではあるのでは無いかなと思いました。

個人的には家族モノの映画と恋愛モノの映画がとても苦手というかまず観ないのですがそれはそれで自分の趣味では無いというだけであって絶望的にそれらの映画がくだらないと思っているかというと別にもちろんそうでは無いです。ではなんだろう。僕にとって絶望的にくだらない映画とは。

アマゾンプライムで評価順に並べて上から順番に観てみるということを時々セレンディピティを目的としてやるんですが、今回はその逆に低評価なほうから観てみたりしたらいいのかなと思ったんですが残念ながら全くそういうソートには対応していないのでできません。

ちなみに苦手でいうと、ミュージカル系の映画が苦手です。歌って踊ってなくていいから早く話を進めてくれ〜〜という気持ちになります。なのでいくつか個人的に辛い映画は思い出すものの、それもまたあくまで個人的趣向であって、そこにはいわゆる名作と言われるものも含まれていますし、それらが絶望的にくだらないというつもりはないです。僕がミュージカル映画が苦手なだけです。

そもそも記憶に残っている時点である程度マシな映画な気がします。おそらく本当につまらない映画は記憶にすら残っていないものが多数なんだと思います。試しにfilmarksにつけている映画ログを見返すとそもそも観たことすら覚えていない映画がいくつもありこれはもしかしてつまらなかったのか、と思う次第ですが、まあどうなのか。B急映画は結構好きなので絶望的にくだらないとは言えない。何ならくだらなさを意図して作られているわけでそのくだらなさが楽しいというか。それって全然絶望的ではないわけです。もっと真剣に作られて本当につまらないみたいなものではないと絶望しないような気がします。

ここまで言ってふと思ったのですが、無意識のうちに「つまらない」と打っていました。が、テーマは「くだらない」です。無意識に変換していましたが、「つまらない」と「くだらない」は違う気がします。つまらない映画とくだらない映画。似ているようで違う。

個々人のオススメの映画というのももちろん面白いですが、「絶望的にくだらない」というテーマで思いの外思索が深まったというか、メタに考えるとなかなか面白いテーマなように思いました。

ちなみにわかりやすく他人が教えてくれるそれっぽいものとしては、ゴールデンラズベリー賞いわゆるラジー賞があります。試しに前回はなんだったのかなと思うと

2018年(第39回)
最低作品賞:『Holmes & Watson』[9]
最低主演男優賞:ドナルド・トランプ(『Death of a Nation』『華氏119』)[9]
最低主演女優賞:メリッサ・マッカーシー(『パペット大騒査線 追憶の紫影』『ライフ・オブ・ザ・パーティー』)[9]
最低助演男優賞:ジョン・C・ライリー(『Holmes & Watson』)[9]
最低助演女優賞:ケリーアン・コンウェイ(『華氏119』)[9]
最低映画監督賞:イータン・コーエン(『Holmes & Watson』)[9]
最低リメイク・パクリ・続編映画賞:『Holmes & Watson』[9]
最低スクリーンコンボ賞:ドナルド・トランプと彼の尽きない卑小さ(『Death of a Nation』『華氏119』)[9]
最低脚本賞:『フィフティ・シェイズ・フリード』[9]
名誉挽回賞:メリッサ・マッカーシー(『ある女流作家の罪と罰』)[9]
バリー・L・バムステッド賞:『ビリオネア・ボーイズ・クラブ』[9]

あたりのようで。この辺りから攻めたらいいのかな〜と思いつつ。くだらないけどつまらないわけではない映画が見つかるのかも?という気もしました。

で、何観ようかな〜。

Photo by Glen Carrie on Unsplash

2019.03.11 Note

表題の通りですが、先日公開された映画であるスパイダーマン:スパイダーバースを観てきました。結論から一言で言うともうめちゃくちゃ最高です。最高ですってきっとみんな言うと思うので平凡な感想なんですが本当に良い。では何が良かったのか考えてみましょう。ちなみにアートブックも買ってしましました。買って損なしだと思いました。

マーベルの映画というとアベンジャーズシリーズを軸に今はユニバースが進んでいて、マーベルシネマティックユニバースいわゆるMCUですね。僕はあれ大好きで全部みているんですがもはや現在20本くらいやっていて、もうついていけないよ、知らないよ、という気持ちに皆をさせています。もちろんついて行っている人は全く問題なくついて行っていて、此の期に及んでも去年はブラックパンサーやらめっちゃ面白いのを作ってくれるし、色々勢いに陰りがとか言われていつつもそれも含めてうまく運用してシリーズを続けていると思います。でもだからこそ今から追いつけないよ!という気持ちでマーベルっていうだけで拒否反応を示す人もそれなりにいます。

でも大丈夫、このスパイダーマンは実写スパイダーマン(アベンジャーズにも合流してるやつ)とは別の世界で、MCUに合流することはないでしょう。っていうかまず実写じゃないし。なので大丈夫です。フーディでブラックカラーのマイルススイパイディは超良い。グラフィティとかエアジョーダン1とかストリートカルチャー盛り盛り。そこにテック系の人なら大好きなグリッチ盛り盛り。

マルチバースのそれぞれのスパイダーマンはもともと過去のコミックスが実際にあったものから登場しているようです。スピード感も最高だし、スパイダーマンでは定番のビルから飛び降りるシーンの空間も見事に空間や高さみたいなものが描かれています。色もビビットで最高だし。自分はなんで3DCGをやってこなかったんだろうという気持ちになりました。多分だけど今のリアル系CGってプリレンダはある意味もうこれ以上は驚きがないと思うんですね。今でもう実写と見分けがつかないし、写実性という意味では十分なところにきている。ということは西洋絵画が辿った道のように、写実から離れるのが次の道で、この作品はその一歩をものすごいジャンプして大きな一歩を踏み出したという感じがしました。

何が良かったのか考える前に時間が終わってしまいました。とりあえずみんな観ましょう。

トップの画像は公式サイトのOG画像から引用しました。
映画『スパイダーマン:スパイダーバース』 | オフィシャルサイト | ソニー・ピクチャーズ

2019.03.09 Note

先日初めて京都市立芸術大学の卒業展示に行ってきました。その時の印象に残った写真です。この日は作品写真とともに作品名・作者名をメモしてくるのを忘れたので写真のみ・・・。

全体を通してテクノロジーを用いた作品は極めて少なくて、逆にファインアートや工芸に強さを感じました。

はじめに述べた通り初めて行ったのですが、なんせ遠い。でもその分なんか秘めた感じがあって良いです。広く、設備も多く大きい気がしました。雰囲気はかなりよかったのでなんなら移転しなくてもいいのに、と思ったくらいですが。

2019.03.08 Note
test alt

思えば小学校の頃に年賀状というものを書き始めて何故かマメに毎年書き続けていたんですがいつの頃からか枚数が増えすぎてなんだか無駄に感じてきて同時にインターネットの台頭というかツイッターとかフェイスブックとかで知ってはいるけど住所は知らないみたいな人も増えてきていつかはわからないけど年賀状を書くのをやめました。それでもかなり小学校の頃から大人になっても枚数は減らしても続いていたとは思います。でもなんかなんだろうある年からやめました。もしかしたらあれはちょうどじーちゃんが亡くなった年からだったのかもしれないしそうでもなかったかもしれないしそのあたりは曖昧ですが。

そんな中でもこちらから出していないのに頂いていた方々もおり、送り返さなきゃと思いながらどうにもそこまで気力が及ばず一度途切れてしまったものはしばらくその後数年途切れました。年始にリリースする案件がある年が続いたということもあるかもしれません。割と例年除夜の鐘をオフィスで仕事をしながら聞くような年が続いたような気もしますし。

そういう訳で大変久しぶりに年末年始に少し時間があったので寒中見舞いを作りました。今までは自分で簡単なデザインをしていたのですがその方式にも少しいやかなり飽きていたようにも思うので新しい試みとして友人のハクイケイコに依頼してアートワークを描いてもらいました。素敵なアートワークをハクイさんありがとう。

とはいえ少し空いていたとは言っても年賀状の時期はどうしても忙しいので結局諦めて、寒中見舞いということなら1月いっぱい、2月頭はまだいけるということで、寒中見舞いということにしました。これなら頂いたものにも返せるし。

やめてしまったきっかけの一つとしてふと今思い出したことがもう一つ。小学校から何故か続いていた小学校時代の校長先生が数年前に亡くなりました。こちらから送ったものに喪中で返ってきた記憶があります。小学校時代も別に絡みは全くなかったしなんなら一度も直接会話をしたことはきっとなかった気がします。卒業以降も一度も母校を訪問とかしてないですし一度もお会いしていない。けれども何故かずっと年賀状のやりとりのみ続いていたのです。それはそれで面白いと思っていました。子供時代が一つ終わったような気がしました。もちろん自分の年齢はとうに子供ではないのですが何か一つ精神的な子供時代が一つ。

そうやって最後にやっと全ての子供時代のつながりを失った時に初めて大人になる、なってしまう、ならざるを得なくなるのかな、とか思ったり。

2019.03.07 Note

先日行われた京都精華大学の卒業展示に行ってきました。以前は会場が京都市美術館だったのですが、美術館が工事に入ったため去年から大学が会場になっています。会場が美術館でなくなったことをネガティブに感じる学生も中にはいたそうですが、例年見ている側としては大学になった事によるメリットもあるなと思っています。設営の準備期間が取りやすくなったこと、移動のしやすさから物理的に大きなものを設置しやすくなっていること、そもそも一人当たりが使えるスペースが増えていること、などです。

一般的な展示はある意味何かが目的で行くものだし、卒展はある種特殊な場なように思います。作品数がとても多く並ぶので、どうしても、ともすればサーっと見てしまうし、その中で足を止めさせるということはまず何より重要。そのために物理的な大きさというのはそれだけで前を通り過ぎるためにかかる時間が伸びるのである意味究極に単純で有効な方法だなと毎回思います。素晴らしい思索も、これだけの数があるとどうしても視覚的インパクトなしには埋もれてしまいがちというか。

そんな中人文の論文も正直初めて少しちゃんと見て回ったのですが、個人的に興味を惹かれるものもあり、しかしそれもどうしても展示が小さくてともすれば気づかない、勿体無いなと思いました。もちろん、ただ机の上に論文冊子を並べるでなく空間として工夫したりはしているのですけどね。

以下、写真が撮れていた作品の中からいくつか。



Akinori MIYAKE 《うちの猫》


Jasmine NODA 《記憶のスワン 04 / 祈祷》


Kaoru MIYAMOTO 《25000時間》


Moeri HAYAISHI 《motto》



Tomo KOIKE 《せいかのっく・ぷろじぇくと》


Natsuki SHIBATA 《地蔵双生児》


Masato NAKANO 《Seventh sense》


Karenina OBRI 《String Theory》


Ryusei SAKURAI 《It’s you, but not you.》


Kaya KAWAHARA 《PROCESS》


Sawako KATAOKA 《私は名器》


Yuto KATAYOSE 《seem to》


Nanami TOMIOKA 《memory》


Akio ONISHI 《何だって分かる、自分のこと以外なら》


リュウガイ 《文化現象としての毛 〜無毛美について〜》


山本初音 《わいせつ物と表現の自由》


屋外にあったライブペイント

2019.02.15 Note

前提に検討の余地があるのでは、そう言いたくなる時があります。善悪や倫理や法律などもそうですが、それってほんとにそうなのかな、問い直したほうがテーマ的に面白いとおものだけど、というような。

面倒くさがる人もいるでしょう。まあ気持ちはわかります。人は無意識のうちに一貫性を求めるもので、過去の決断と違うルールで決断してしまうと過去の自分を否定する気になからかなと思います。もうひとつは変更によってサンクコストが発生してしまうからではないでしょうか。とにかく前提を問い直すのはたしかにコストがいることです。

しかしコストがかかっても止めずに話ができる相手もいます。仕事の企画会議も面白いものが生まれるように思っています。色々と自由に並べることのできる場かどうかが変わってくるわけですし、出るアイデアに違いもあるように思います。非倫理的なことであっても思考実験をすることまで許されないわけではないのです。しかしたとえばブレストは自由な発言が推奨される場と言いますが、実際には本当に自由な発言ができるケースというのは極めて少ないと感じます。(もちろん、無意味な誹謗中傷や意見の否定を除いても、という話です)

そのような前提を問い直すようなディスカッションその行為ひとことで説明する言葉を持たなかったのですが、『考えるとはどういうことか』という本を読んで、それが『哲学する』ということであると説明してあるのに出会ってなるほど、と思いました、という話です。

本書には、『哲学を学ぶ』ことと『哲学する』ということは異なることだと書かれています。知識を学ぶことは哲学することの助けにはなるけれども、哲学するということは態度であって知識は必須のものではないと。だから哲学する態度を身につけて対話に挑むならばそれは子供であれ大人であれ老人であれコミュニュケーションが可能なら対話が成り立つものだと。そういう対話をするための場/ツールとして『哲学対話』というものが紹介しています。

すごく端的にいうと『前提を掘り返し続ける思考をする』が『哲学する』ということなのだと理解しました。そう考えると、偉大な哲学者の言葉を無思考で受け入れてしまうことはある意味で哲学することと最も離れてしまう行為にほかならないのでは、という気がするのは面白いですね。もちろん過去の哲学者の思考を学ぶことを否定しているわけではないということは理解してもらえると思います。

話を戻すと、哲学できるかどうか、これは頭のよしあしとは全然関係ないと確かにおもっていて、もちろん僕や誰かが持っている属性の全てを完全に捨て完全に普遍的な存在になることはできないのであくまで個人としての主観に立脚しつつもそのことを自覚しながらメタ的に自分や他人を見ながら話せる、そういう人はあまり怒らないというか喧嘩にならない気がするし、前提にたちかえった議論ができるし、話しててとても有意義なものだと感じます。

そう考えると、僕がこの人は面白いし信頼できる人、と思っている人は哲学することのできている人なのかもしれません。ちなみに意見が同じ過ぎても共感のみを求めているわけではないのでつまらないので、『異なる主義主張を持っているけれども』『哲学することができる』相手というのが一番話していて面白いような気がしました。

話題はあらゆることに及びます。自分や社会の前提を問い直すような問いかけや自分と違う主張を互いにフラットに議論できる面白さということですからそれはむしろ高尚で抽象的なことがらよりも自分たちのみのまわりの一般社会にあること、働き方であったり、恋愛であったり、結婚であったり、法律であったり、そういう話題に対して前提を問い直すような自分の違和感を話し合うことは既に『哲学する』ということだとなのだと思います。

そして表題になるわけですが、仕事をするならなおさら、そういうチームである、ということの重要性を感じるわけです。そういう対話ができるチームと、そうでないチーム。結果も違うと思うし、一緒に仕事する面白さも違うと思うのですよね。新しいチームを作るのもよいのですが、既存の職場のチームで本書の哲学対話をやってみるのも面白いのかもしれないなと思いました。

Photo by Shane Rounce on Unsplash

2019.02.14 Note

もう2月も中旬なので遅すぎという感じですがなんかまあいいかなということで書きます。何事も遅すぎることはない・・・とかいいながら50年後とかに201901の振り返りとかしたら逆に面白すぎると思うし、というかもう何も覚えていないと思いますが。というよくわからない話はさておき。

今回、トピック毎に最低三行書く、三行ルールというのを敷いてみました。まあレスポンシブで3行とは、という感じですがあくまで目安なので気にしません。

歯医者ヒッピー

かぶせものをしていたところがやや古くなっていて治療を始めたんですが、なんか色々あって通ってたところが不安になって旅が始まってしまった。やばいですね。しかしはやく決めて次いかないと。と思いつつなかなかうまくいかないものです。歯ってカジュアルになりがちな病気の中ではかなりクリティカルに不可逆性が高いと思うのでちゃんと考える良いきっかけ担っているように思います。

三澤遥 続々 at ggg

前からファンだったし、今回の展示をインスタグラムで見て完全にこれは行かなきゃと思ったので東京出張のついでに行来ました。動く紙とか、よく見かける水槽のシリーズとか。良いですね。グラフィックから来てる人の空気感てなんかあるなと思いました。ゴリっとデジタルから来ちゃうとなんか違うんですよね。説明うまくできませんが。まあもうこれから新しく出てくる世代にはそんな境目は無いのだと思います。

expo study meeting vol.01  at BIGSTEP

抜群の嗅覚を持つ人間さんが万博にぶっこむために企画開催した万博勉強会。万博マニアのフタガミさんと、ミラノ万博で活躍したティモテのイグチさん。フタガミさんの行動力もやばいし、ミラノ万博の制作のハードさも(想像通り)やばい。でもああいう仕事は、作る人間ならやっぱり受けちゃうよね、断る手はないよねやっぱ、という話でした。

Fab Meetup Kyoto at MTRL KYOTO

たまに行ってる。相変わらず個性的な人がたくさん。世の中にはこんなにエネルギッシュな人がたくさんいるし、その中で目立っていくというのはほんとになんなんだろう。すごすぎ。なんなの?それぞれの思いがあってそれぞれのプロジェクトがあって。星の数ほど、可視化されてない物があるんだなと。

未来の運動会 at 銀座ソニーパーク

YCAMのやつがベースなのでテック寄りな感じの未来の運動会。というかどこもこういう感じかと思っていたが必ずしもそういうわけでもないもよう、ということは後日知ることに。複数視点VR鬼ごっことかジャストアイデアを作り切るのが良いし、あとモーキャプシステムをカジュアルに持ってきてくれちゃうYCAM様素敵って感じですね。

京都府新鋭選抜展 at 京都文化博物館

藤 浩志「ジュラ紀から受け継ぐ」が展示してありました。物量多くて小さいものがたくさんおいてある系は好みなので単純に好きな感じです。他にも展示があったはずなのですが時間なくて見れず。単に展示するということでなしに、この展示だと持って帰れたり絵を書いたり(だったかな、忘れた)という鑑賞者を鑑賞者にとどめない、子供とかを巻き込む、という部分の仕組みのデザイン含めて作品という感じです。

京都美術文化賞 at 京都文化博物館

鈴鹿芳康さんのピンホールカメラを使った展示とか。もはや抽象絵画のように大変に美しく、改造感の高い写真を好みがちな自分やひたすらそういう方向に高性能化するカメラという機械を一歩下がって見る機会になったように思います。カリカリ目の絵が好きですしね。しかもとはいえとあるきっかけでf11まで絞る練習を僕は今していて、それでとりあえずスナップしてるわけですが、真逆なんだけどまあしばらくやります。

反応する作品展 at MTRO KYOTO

セイカの学生の展示。クオリティは粗いところはもちろんあるがイチ授業だから卒制のように時間がかけれるわけでもないし完成までいくだけ立派ですね。ちゃんと動いてるし。世の展示で動いてない「調整中」のメディアアート作品はいっぱいありますしね。アイデアも技術もある素敵な学生さん素晴らしいですね。

十日えびす at 京都

まあなんか。一応行った。商売繁盛するというし。しかし寒い。もうすぐ帰りたくなります。夜だし。しかし出店は繁盛しているし、当然神社も人だかりで、神様の力はわからないけど神のもとに集ってわいわい賑やかなのを目にすることでマインドが向上するのが神様の力なわけですごい!って思いました。

読書量が減る

去年の12月には週1冊くらい読めて大変よかった、というようなことを2018レビューで述べていたのですが、1月は減ってます。「西洋の自死」しか読めなかったと思います。ボリュームがあったというのはひとつ理由ですが、もうひとつが、読書に割り当てる時間を他のことにも割り当て始めたこと。難しいですね。

Photo by freestocks.org on Unsplash

2019.02.12 Photo

同じ屋根を見てる

1/40 sec at f / 11, ISO 100
35 mm (FE 35mm F2.8 ZA)
SONY α7Ⅲ

#sony #a7iii #sel35f28z #photo #snap

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